2026年5月11日

博士の凄さを伝えたい

  

はじめに

私は工学系、情報系の修士課程に通っています。周りの友達から、進学するのか、就職するのか、ということを聞かれることがよくありました。
そのたびに、博士進学という選択肢や、博士という学位そのものがあまり知られていないと認識するようになりました。

その中で、博士ってめちゃくちゃすごいんだよ、ということを書き残したくなりました。

※この記事は、工学情報系の実体験をもとに書いています。専攻によっては当てはまらない話もあるかと思いますがご了承ください。

博士のここがすごい1:修了までに求められる成果が重い

査読付き論文を複数そろえる必要がある

工学系では、博士の学位申請にあたって、査読付き論文の実績が複数求められる例があります。
広島大学の先進理工系科学研究科では、情報科学プログラムで、査読付き学術雑誌論文2編以上に加え、筆頭著者の査読付き国際会議論文1編以上が基準として示されています[1]。
筑波大学の情報学学位プログラムでも、参考論文2本以上が求められています[2]。
博士は、論文を出せば終わり、というわけではなく、査読(論文の審査)を通さないといけません。

さらに大変なのは、その論文の審査相手が研究室の中だけではないことです。
論文は、世界中の研究者が出してくるものと同じ土俵で見られます。
学生同士の勝負ではありません。
Science Advances の編集部による説明では、年間の投稿は約2万本で、採択率は 10.3% とされています[3]。
すべての雑誌がここまで低いわけではありませんが、少なくとも、世界中の研究者が出す論文の中で選ばれないといけない、という厳しさは伝わると思います。

査読には時間がかかり、思うように進まない

論文は、書き上げたあともすぐに採録されるとは限りません。
Scientific Reports の公開データでは、投稿から採択までの中央値は 138 日です[4]。
4か月以上です。
しかも、これは中央値なので、もっと長くかかるものもあります。
1年近くかかることもあります。

博士課程は3年です。
そこに授業、研究、学位審査の準備まで入ります。
そう考えると、博士に入ってからゆっくり論文を書き始めればよい、という感じではありません。
1年から1年半くらいの段階で、卒業までの見通しがある程度立っていないとかなり苦しくなります。
査読が長引けば、自分の努力だけではどうにもならない形で予定がずれることもあります。
博士の難しさは、研究の中身だけではなく、期間の読めなさにもあります。

論文を出すのにもお金がかかる

論文誌によっては、掲載のためにお金がかかります。
Elsevier の案内では、オープンアクセスで論文を公開するための掲載料は 500〜5,000 米ドルです[5]。
1ドル150円でざっくり計算すると、約7万5千円から約75万円くらいです。

研究そのものにも費用がかかります。
計算資源、実験設備、学会参加費、論文掲載料が重なることもあります。
ページ数や条件によって追加費用が発生する場合もあります。
限られた予算の中で研究を進め、成果を論文として出し切るのは簡単ではありません。

博士のここがすごい2:将来への不安を抱えながら進まないといけない

金がない

博士課程の支援として最もよく知られているのは、日本学術振興会の特別研究員、いわゆる学振です[7]。
博士課程の学生向けでは、DC1 が博士課程の初年度向け、DC2 が博士課程の2年目以降向けの制度です。
研究奨励金は月額 20 万円から 23 万円です。

かなり有名な制度で、博士課程の学生なら一度は強く意識する制度です。
ただ、令和7年度の採用率は DC1 が 18.5%、DC2 が 18.8% でした[8]。
誰でも取れるものではありません。
結果発表の時期になると、X でも採否報告が一気に流れます。
それだけ重要で、それだけ競争が激しい制度です。

ただし、こうした支援が全員に行き渡るわけではありません。
十分な支援を安定して受けられるとは限らないので、博士課程の学生は、研究室からの支援、RA・TA、奨学金、アルバイトなど、ほかの手段も含めて収入を確保していくことになります。

文部科学省の調査では、貸与型奨学金を除いた年間受給額について、受給なしが 37.9% で最も多く、生活費相当額とされる 180 万円以上の受給者は 16.9% でした[6]。
生活費に相当するレベルの支援を受けている人は少数派です。
同じ調査では、アルバイトまたは副業をしていた人は35.3%と示されています。
アルバイトや副業をした理由として「生活費を稼ぐため」が 81.0% でした。研究に専念したくても、生活費の問題が出てくる人も一定数存在するということになります。

結論として、博士課程は、全員が生活が十分守られた状態で研究だけしていればよい環境とは言いにくいです。
収入源は複数ありますが、どれも安定して当然というものではありません。
その中で研究を続けるのは、かなり大変です。

修了後の進路が見えにくい

博士を取ったあとも、進路は一つではありません。文部科学省の2026年の参考資料では、博士課程修了者の進路は、民間企業・公的機関等が約 38%、大学等教員が約 14%、ポストドクター等が約 12% とされています[9]。
博士を取ったら全員が研究者になるわけでもなく、研究者を目指してもそのまま安定した職に入れるとは限りません。

文部科学省の資料でも、博士後期課程の学生が将来の展望を描ける環境づくりの必要性が示されています[10]。
博士課程は、学位を取ったら将来が自動的に決まる進路ではありません。学位を取った先にも、進路選択と競争があります。

同世代が先に進む中で、自分だけ学生でいる不安もある

数字で示せませんが、感覚としてかなり大きいと思います。
周りが就職して、収入を得て、生活を安定させていく中で、自分はまだ学生として研究を続ける。
その状態を何年も続けるのは、思っている以上に不安があります。

博士課程の大変さは、研究が難しいという話だけではありません。
将来がまだ決まりきらない状態で、それでも前に進まないといけないところにもあります。

博士のここがすごい3:自分の研究以外の役割も背負いやすい

研究室運営

自分の研究以外の役割も背負いながら、それでも成果を出さないといけない

博士課程の学生は、自分の研究だけをやっていればよいとは限りません。
文部科学省の調査では、TA 業務従事者は 3,551 人、RA 業務従事者は 3,411 人でした[6]。
博士課程の学生の一部は、教育補助や研究補助も担っています。

研究室では、博士学生が後輩の相談相手になることも多いです。
これは研究室ごとの差がありますが、博士学生が中間層として機能しやすいのは確かだと思います。
自分の研究、論文、学位審査の準備だけでなく、後輩の指導まで背負うことがあります。

まとめ

博士は、ただ単に頭がいい人じゃダメで、将来に対する不安を抱えながら、それでも研究をしたいと思える人がやっと進学するようなものだと思います。

複数の査読付き論文が必要になることがあり、その論文は世界中の研究者と同じ土俵で審査されます。査読には長い時間がかかります。
論文を出すのにもお金がかかります。
生活の不安もあります。自分の研究以外の役割を持つこともあります。
そういう条件の中で、それでも研究を続けて学位を取るのが博士です。

だから、博士はすごいんです。

参考

[1] 広島大学大学院先進理工系科学研究科 学生便覧 2024年度。博士後期課程の学位授与要件。
https://www.hiroshima-u.ac.jp/system/files/258835/%E3%80%90%E5%B7%AE%E6%9B%BF%E3%80%91%E5%85%88%E9%80%B2%E7%90%86%E5%B7%A5%E7%B3%BB%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%94%9F%E4%BE%BF%E8%A6%A72024_%E6%97%A5.pdf

[2] 筑波大学 情報学学位プログラム 学位申請の手引。参考論文要件。
https://informatics.tsukuba.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2025/03/souki_kateihakase_JP.pdf

[3] Science Advances 編集部による説明。年間投稿数と採択率。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10718484/

[4] Scientific Reports, About the journal. 投稿から採択までの中央値。
https://www.nature.com/srep/about

[5] Elsevier Support, オープンアクセス論文の掲載料。
https://www.elsevier.support/publishing/answer/what-does-it-cost-to-publish-gold-open-access

[6] 文部科学省 令和4年度「博士(後期)課程学生の経済的支援状況に関する調査研究」。受給状況、アルバイト理由、TA・RA の状況。
https://www.mext.go.jp/content/20230905-mxt_daigakuc01-000031747_03.pdf

[7] 日本学術振興会 特別研究員「申請資格・支給経費・採用期間」。DC1・DC2 の研究奨励金と採用期間。
https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_oubo.html

[8] 日本学術振興会 特別研究員「採用状況」。令和7年度 DC1・DC2 採用率。
https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_saiyo.html

[9] 文部科学省 大学院関連参考資料集 2026年。博士課程修了者の進路。
https://www.mext.go.jp/content/20260319_mxt_daigakuc01_000048424_4.pdf

[10] 文部科学省 博士後期課程学生支援に関する参考資料。
https://www.mext.go.jp/content/20250626-mxt_kiban01-000043384_09.pdf